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ビリニュス

リトアニアの首都ビリニュス。この町が歴史に初めて登場したのは、1323年、ゲディミナス大公がローマ法皇やハンザ各都市に宛てた書簡にその名が登場します。

ビリニュスを首都に定めたのはゲディミナス大公です。ビリニュス遷都には次のような伝説が残されています。

ある日、狩りをしにビリニュスを訪れたゲディミナス大公は、その晩、丘の頂上で100頭の鉄の鎧をまとった狼が大声で遠吠えをしている不思議な光景を夢で見ました。大公はこの夢の意味するところを知るべく、祭司に相談したところ、「その丘の上に城を築き、城を中心に町を造りなさい。城は、鉄の鎧のごとく頑強なものとなり、町は狼の遠吠えの如く、世界にその名を轟かせ、未来永劫繁栄することでしょう。」という答えがかえってきました。ゲディミナス大公は、この教えに従い、丘の上に城を築き(現、ゲディミナス城)、首都を当時のトラカイからビリニュスに移したのだそうです。

中世の香りを色濃く残す町、ビリニュス旧市街。「小さなローマ」と呼ばれることもあるこの美しい街並みを是非一度、ご堪能下さい。

大聖堂

大聖堂

大聖堂 (Arkikatedra)

古代よりリトアニアの宗教的中心地であった大聖堂。キリスト教受容以前は、「永遠の火」が灯され、雷神ペルクーナスの神殿があったと言われています。時代により姿を変えてきた大聖堂が、現在の古典主義様式の姿になったのは18世紀のことです。リトアニア人建築家グツェヴィチュスの設計によります。ソビエト時代は教会としての機能は失われ、絵画展やオルガンのコンサート会場として利用されていました。

王宮

王宮

王宮 (Valdovų rūmai)

大聖堂後方に隣接して建てられたこの城は、16世紀のジギマンタス1世と、その息子ジギマンタス・アウグストゥスの時代に黄金期を迎えました。ジギマンタス1世の夫人がイタリア人だったこともあり、イタリアの建築家や文化人が数多く招聘され、城内ではルネッサンス文化が花開きました。

ゲディミナス城

ゲディミナス城

 

 

ゲディミナス城 (Gedimino pilis)

ビリニュス遷都伝説で、ゲディミナス大公によって丘の上に築かれたとされているお城です。実際には、ゲディミナス大公の時代以前から、木造のお城が建てられていました。リトアニアの国旗が掲げられている塔は、元来、城を取り囲んでいた3つの監視塔のうちの一つです。中世の時代から、リトアニアの自由と独立への闘いを見守ってきたこの塔に、1988年、いち早くリトアニアの三色旗が掲げられました。

 

3本の十字架

3本の十字架

3本の十字架の丘 (Trijų kryžių kalnas)

この十字架が建てられた背景には、次のような言い伝えがあります。14世紀アルギルダス大公の時代、当時まだ自然神を崇拝する異教の国であったリトアニアを訪れた7人のフランシスコ修道会の宣教師が、異教徒によって殺害されるという事件が発生しました。宣教師達は丘の上に埋葬され、そこに礼拝堂が造られたと言います。その後、礼拝堂がいつ十字架に姿を変えたのかは定かではありませんが、17世紀頃ではないかと推測されています。

 

ヴィルニャ川

ヴィルニャ川

 

 

ヴィルニャ川(Vilnia)

ビリニュスの語源になったと言われている川です。中世ビリニュスは、このヴィルニャ川とネリス川という2つの川に挟まれた、交通と物流に便利な、地理的に恵まれた土地として発展しました。

聖アンナ教会

聖アンナ教会

 

聖アンナ教会 (Šv. Onos bažnyčia)

1500年に完成した、リトアニアを代表するゴシック建築の教会です。ビリニュスを訪れたナポレオンが、その美しさに惚れこみ、「手のひらに乗せて持ちかえりたい。」と言ったというエピソードが残されています。

夜明けの門

夜明けの門

 

 

 

 

夜明けの門 (Aušros vartai)

16世紀の始め、外敵からの攻撃に備えて、ビリニュスの町の周辺に防壁が築かれ、町への出入り口として9つの門が造られました。そのうち唯一現存するのがこの夜明けの門です。