浜中未紀さん
リトアニアに住む数少ない日本人の中に、多くのリトアニア人に親しまれ、新聞、雑誌等で頻繁に取り上げられる女性がいます。リトアニア国立バレエ劇場でソリストとして活躍する浜中パウラウスカス未紀さんです。
7歳で踊り始めた浜中さんのバレエ人生に大きな転機が訪れたのは、1996年の名古屋国際バレエ・コンクールでのことでした。同コンクールで1位に輝いたリトアニアのバレリーナ、エグレ・シュポカイテの表現力溢れる舞に強い衝撃を受けたのです。
「彼女のようになりたい」― 翌97年、モスクワ国際バレエ・コンクールにて、シュポカイテを指導するヨーナス・カタキナス氏を探し出した浜中さんは、迷うことなく師事を請いました。浜中さんの才能を見抜いたカタキナス氏は、リトアニア国立バレエ劇場の研修生として彼女を迎え入れることにしたのです。
こうして、19歳でリトアニアに渡り、新たなバレエ人生を歩み始めた浜中さんに、再度人生の転機が訪れます。2002年、同じバレエ団に所属するアウリマス・パウラウスカスさんとの結婚と出産です。生涯の伴侶を得、新たな命を授かった浜中さんは、表現者として大きく成長しました。持ち前の正確な技術力に加え、表現の幅を広げた彼女の舞は周囲の人にも認められ、出演舞台数が結婚前より格段に増えました。こうして、国立リトアニア・バレエ劇場の看板ソリストとしての地位を確実なものにした浜中さんは、2005年、2006年と2年連続して、最優秀ソリストに贈られるシュヴィトリス賞(シュヴィトリス=リトアニア語で「灯台」の意)を受賞、また、2007年には、舞台芸術家にとって最高名誉にあたる「金の十字架勲章」を受賞しました。
2007年5月に日本から天皇皇后両陛下がリトアニアをご訪問された際に大統領官邸で開かれた午餐会に、浜中さんはゲストとして招待されました。アダムクス・リトアニア大統領は、歓迎のスピーチの中で、「日本とリトアニアの掛け橋的存在」として浜中さんの名前を挙げました。
華やかな活躍にも、決して奢ることなく、常に謙虚な心を持ち続ける浜中さんは、休暇中でも自主的にレッスンを行うなど、大変な努力家としても知られています。そんな彼女の芸術に対する真摯な姿勢は、周囲からも高く評価され、若いダンサー達に、芸術家としてあるべき姿を示す道標となっているのです。
受賞歴
1995年 アジア・パシフィック・バレエコンクール 1位
1996年 世界モダンダンスバレエコンクール 銀賞
1997年 モスクワ国際バレエコンクール ディプロマ
1999年 アジア・パシフィック・バレエコンクール 3位
2005年、2006年 シュヴィトリス・最優秀ソリスト賞
| 主な役柄 | |
|---|---|
| 演目 | 役 |
| ドンキホーテ | キトリ |
| くるみ割人形 | マリー |
| 眠りの森の美女 | オーロラ姫 |
| 白鳥の湖 | オデット/オディール |
| ジゼル | ジゼル |
| アンナ・カレーニナ | アンナ |
| デズデモーナ | エミリア |
| ロシアン・ハムレット | ナターリア |
| チポリーノ | ラディッシュ |
| 出演予定 | |||
|---|---|---|---|
| 2007年 | 2008年 | ||
| 10月 | 1月 | ||
| 6日 | 眠れる森の美女(オーロラ姫) | 10日 | 白鳥の湖(オデット/オディール) |
| 10日 | ジゼル(ジゼル) | 13日 | くるみ割人形(マリー) |
| 19日 | 眠れる森の美女(オーロラ姫) | 24日 | 眠れる森の美女(オーロラ姫) |
| 26日 | 白鳥の湖(オデット/オディール) | 2月 | |
| 11月 | 2日 | 白鳥の湖(オデット/オディール) | |
| 3日 | ドンキホーテ(キトリ) | 9日 | 眠れる森の美女(オーロラ姫) |
| 9日 | 眠れる森の美女(オーロラ姫) | 3月 | |
| 17日 | 白鳥の湖(オデット/オディール) | 18日 | アンナ・カレーニナ(アンナ) |
| 12月 | 4月 | ||
| 7日 | ドンキホーテ(キトリ) | 30日 | 眠れる森の美女(オーロラ姫) |
| 9日 | くるみ割人形(マリー) | ※一部未定の部分もありますので、 随時アップしていきます。 |
|
| 13日 | 眠れる森の美女(オーロラ姫) | ||
| 18日 | くるみ割人形(マリー) | ||
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