
港町クライペダ

碁盤の目状になっている旧市街

Fachwerkbau(木組建築)

劇場広場

土産物屋
クライペダ
クライペダは人口18万7千万人のリトアニア第3の都市です。不凍港を有するこの街は、リトアニアの海の玄関となっています。
歴史
クライペダの建都は1252年8月1日とされています。不凍港クライペダは、度々列強に支配されるという重い歴史を繰り返してきました。1328年にプロシアのドイツ騎士団の手に渡って以降、度々リトアニアとドイツ騎士団との間でクライペダの所有権を巡って対立が起きました。16世紀以降は、プロシア、スウェーデン、ロシア、フランス、ドイツ帝国など所有国が変遷しましたが、1923年、リトアニア共和国に併合されました。その後、1939年にナチス・ドイツの手に渡りましたが、1945年ソ連軍が占領し、ソビエト連邦に編入されました。
見所
1934年から毎年7月の最終週には「海の祭典」が開かれ、民芸市、コンサート、舞踊、演劇、彫刻展が開かれるなど、興味深いプログラムが盛沢山です。この大規模な祭典には、リトアニアからだけではなく、海外からも数多くの観光客が集まります。
ドイツ建築の影響を色濃く受けた建築物が目立ち、整然とした碁盤の目状になっているクライペダの旧市街は、この地方の歴史を感じさせます。その昔、小リトアニアと呼ばれていたこの地方の歴史に関しては、小リトアニア歴史博物館(Mažosios Lietuvos istorijos muziejus)に詳しい資料が揃っています。“Fachwerkbau(木組建築)”と呼ばれる15世紀にドイツで発生した建築様式の家屋が数多く見られるのも、クライペダ旧市街の特徴といえるでしょう。市の心臓部ともいえる劇場広場(Teatro aikštė)は、まるで磁石のように人々を引き寄せる場所と言われ、様々なコンサートが行われる他、毎年、「国際ジャズ・フェスティバル」や「海の祭典」など様々なイベントが開催されています。広場を支配している古典主義様式のドラマ劇場は、1819年に建てられました。19世紀後半には、高名なドイツの作曲家ワーグナーが同地を訪れ、この劇場でオペラを指揮したことでも知られています。
旧市街の船着場からフェリーに乗って対岸に渡ったところに、海洋博物館(Lietuvos jūrų muziejus)があります。水族館や海洋、航海の歴史等を展示する博物館の他、イルカのショーを観覧できるこの博物館には海外からの観光客も大勢集まってきます。